再生可能電力供給のシミュレーション
日本の電力の多くを再生可能ネルギー源(太陽、風力、水力、バイオマス、地熱)から供給する場合に、1年間の静的な概略エネルギー収支は、比較的簡単に計算することができる。しかし、太陽光発電や風力発電は時々刻々変動する供給源であり、需要との関係から、過不足や貯蔵の必要性の問題が生じると予想される。この問題を検討するには、ダイナミックな解析が必要であり、日本の国内電力を再生可能エネルギーで供給するときの、短い時間間隔ごとの需要と供給の変動から生じるバックアップ電力、電力貯蔵、余剰電力の関係を分析することが重要である。そこで再生可能エネルギーによる電力供給のダイナミック・シミュレータを開発した。
1.シミュレータの概要
日本の全国各地の気象データ、電力需要データ、国内の再生可能エネルギー供給源に関する検討を行って、電力供給のダイナミック・シミュレータを開発した。以下にその概要を示す。
・気象データ
日本全国の1時間ごとのデータとして、63地点の日射データ、150地点の風速データを使用した。気象データとして、2001、2002、2003、2005年の4年分を準備した。(1)
・電力需要と時刻別パターン
再生可能エネルギーが大量に普及する2050年ごろを目標年として想定し、1年間の電力需給を計算する。現状の一般電気事業者10電力会社の1ケ月ごとの電力需要(2008年)を基礎にして、将来の電力需要を検討した。1日24時間の1時間ごとの電力の需要変化パターンを推定した。電力需要は深夜から早朝に低下し、その後、朝から午後にかけて増大し、午後2時から4時ごろに最大になり、夜間に向けて減少してゆく。
・再生可能エネルギー
再生可能エネルギーとして、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスを取り上げる。それぞれの1年間のエネルギー供給可能性について、すでに日本における各種調査結果が発表されているので、計算に使用した目標年の2050年ごろの導入可能規模を検討した。バイオマス、地熱については、発表されている規模の数値のうち控えめな値にしている。太陽光と風力についてはパラメータとしてさまざまな値を設定できるようにした。集光型太陽熱発電、波力発電、温度差発電、潮力発電など将来有望な技術があるが、ここでは扱わなかった。
・揚水発電、バッテリー、バックアップ電力
すでに国内には電力貯蔵装置として、揚水発電が2,513万kWあり、原子力発電の出力一定運転に対応するために、夜間に電力を貯蔵して昼間に放出することが行われている。これを再生可能電力の変動を吸収する手段として利用する。揚水発電損失からその貯蔵能力を推定すると、2,513万kW×4.5時間=113GWhになった。発電量が需要を上回るとき、揚水発電への充電だけでは不足ならバッテリーへの貯蔵を行う。バッテリーの効率は90%と想定し、10kWhの貯蔵量に対して2kWのインバータを装備する。バッテリーの容量はシミュレータによって変化させて検討した。再生可能エネルギーの供給が不足した場合には、バックアップ電力が必要になる。候補になるのは、応答性が高い天然ガス火力発電である。バックアップ電力は、稼働率が低いため相対的に設備コストが高くなるので、その容量を減少させる工夫が必要である。
2.ダイナミック・シミュレーション
日本の電力の多くを再生可能ネルギー源(太陽、風力、水力、バイオマス、地熱)から供給する場合に、1年間の静的な概略エネルギー収支は、比較的簡単に計算することができる。しかし、太陽光発電や風力発電は時々刻々変動する供給源であり、需要との関係から、過不足や貯蔵の必要性の問題が生じると予想される。この問題を検討するには、ダイナミックな解析が必要であり、日本の国内電力を再生可能エネルギーで供給するときの、短い時間間隔ごとの需要と供給の変動から生じるバックアップ電力、電力貯蔵、余剰電力の関係を分析することが重要である。そこで再生可能エネルギーによる電力供給のダイナミック・シミュレータを開発した。・電力需要
電力需要は各種の効率の高い技術により、削減可能である。いくつかの日本の社会の将来予測を見ると、2050年ごろには、GDPは増大するが、人口が減少し、効率の高い技術が導入されることにより、エネルギー消費は現状の60~80%になっている。 ここでは目標年の電力需要を、現状の電力需要(2008年)の60%に設定した。
・太陽光発電と風力発電の規模
太陽光発電は、各サイトで年間最大発電量になるように、ユニットとして定格出力100kWの太陽電池パネルを南向き、傾斜角を「緯度-5」度に設定し、1時間ごとの水平面日射データを直達光と散乱光に分離し、設定した傾斜面に対する日射量をもとめ、1年間の発電量を計算して保存した。風力発電は、ユニットとして出力2 MW、直径80m、ハブ高さ56m、カットイン風速3m/s、カットアウト風速25m/sの風車を各サイトに設置するものとし、150サイトの風速データを用いて、1/6乗法則によりハブ高さの風速を計算し、効率40%で1時間ごとの発電量を計算して保存した。太陽光と風力について、9地域のそれぞれの年間電力需要に比例した電力を供給するように地域ごとにユニット数を計算した。風力については、年間設備利用率が18%以下の地点は除外して、42サイトを有効とした。風力のサイトには離島が含まれているが、洋上風力の開発が進展しているので、そのまま使用している。図1には太陽光と風力の月別発電量を示す。図1をみると夏季は太陽光が大きく、風力は小さい。冬季はこの逆である。太陽光と風力はお互いに補完的であり、組み合わせることで大きな効果を発揮することが理解できる。
図2に示すのは、1時間ごとのシミュレーションの詳細である。地熱が一定の電力を供給し、水力は太陽光が減少する夕方にピークが来るように供給する。太陽光と風力はできる限り需要に対応し、過剰の時には揚水発電またはバッテリーに充電し、不足のときはそこから放電する。バイオマスは、バッテリー充電レベルが低いときには充電を行う。供給が不足するときにはバックアップを使用する。ただし図中にはバッテリーへの充電量は示していない。
・シミュレーションのまとめ
電力需要に対して太陽光の導入率50%、風力の導入率20%とした場合の1年間のシミュレーション結果は、以下のようになった。
項目 | 単位 | 9電力計 |
---|---|---|
太陽光発電容量 | MW | 239,561 |
風力発電容量 | MW | 38,391 |
揚水発電/バッテリー容量 | GWh | 113/400 |
年間電力需要 | GWh/年 | 578,095 |
年間平均電力 | MW | 65,993 |
ピーク電力需要 | MW | 101,300 |
発電量合計 | GWh/年 | 617,802 |
太陽光発電量 | GWh/年 | 289,048 |
風力発電量 | GWh/年 | 115,619 |
水力発電量 | GWh/年 | 78,869 |
地熱発電量 | GWh/年 | 29,556 |
バイオマス発電量 | GWh/年 | 41,742 |
バックアップ発電量 | GWh/年 | 62,968 |
発電シェア合計 | % | 106.87 |
太陽光発電シェア | % | 50 |
風力発電シェア | % | 20 |
水力発電シェア | % | 13.64 |
地熱発電シェア | % | 5.11 |
バイオマス発電シェア | % | 7.22 |
バックアップ発電シェア | % | 10.89 |
バックアップ発電最大出力 | MW | 49,052 |
BAT充電量 | GWh/年 | 54,666 |
BAT放電量 | GWh/年 | 51,935 |
BAT損失 | GWh/年 | 5,454 |
BAT損失/電力需要 | % | 0.94 |
最大BAT充電レベル | % | 100 |
平均BAT充電レベル | % | 35.51 |
揚水発電充電量 | GWh/年 | 33,502 |
揚水発電放電量 | GWh/年 | 25,814 |
揚水発電損失 | GWh/年 | 7,744 |
揚水発電損失/電力需要 | % | 1.34 |
最大揚水充電レベル | % | 100 |
平均揚水充電レベル | % | 29.39 |
余剰電力量 | GWh/年 | 26,413 |
余剰電力量/電力需要 | % | 4.57 |
3.シミュレーション結果の分析
シミュレーション結果では、年間電力需要578TWh(2008年の60%)、平均電力6,600万kW,太陽光発電2億4,000万kW,風力発電3,840万kW,揚水発電に加えてバッテリー400GWhを使用している。発電量合計は106.87%あり、バックアップ電力が10.89%を供給しているが、余剰電力が4.57%発生している。(%は年間電力需要に対する割合を示す) 最大バックアップ電力は4,905万kWになっている。バックアップの稼働率は低いが、その容量はかなり大きい。このシミュレーションでは、需要と供給の予測や学習制御は行っていないが、バックアップを小さくする制御方法が重要であることがわかる。
・バッテリー容量
揚水発電113GWhを固定しておき、これにバッテリー容量を追加した場合の、電力需要に対するバックアップ電力の割合(%)と余剰電力の割合(%)の変化を検討した。太陽光と風力の合計が50%以下のとき電力貯蔵容量増加による効果はない。太陽と風力の合計が50%を超えるとき、バッテリー容量が、400GWh付近までは、バックアップ電力量を減少させる効果があるが、バッテリー容量をこれ以上大きくしてもしだいに効果は飽和してゆくことがわかる。また、太陽光と風力の合計が50%を超えるとき、バッテリー容量を増加すると、余剰電力量が低下してゆく。しかし、バッテリー容量が400GWhを越えると効果は飽和してゆく。バッテリー容量には、適当な大きさがあることがわかる。ここでは400GWh程度が適切であり、これは揚水発電容量の4倍、年間平均電力の7時間分に相当し、太陽光と風力の合計発電容量1kWに対して1.9kWhに相当する。
・バックアップ電力
太陽光と風力の割合を増大すれば、バックアップ電力量の割合を小さくできる。しかし、両者を増大したとき、バックアップ電力量はゼロに接近するが、この導入範囲では完全にはゼロにならない。バックアップ電力量を小さくするには、バッテリー容量を増やすほかに、電力需要の削減やシフトが有効であり、風力の気象予測も有効な手段である。スマートメータやスマートグリッドによる需要調整は重要な対策になることが予想される。あるいは、太陽光と風力の合計が100%を超えるような組合せで、余剰を大きく産出して、これを電気自動車の充電や水素に変換して産業用高温製造プロセスに利用するなど、電力以外の用途に利用することが考えられる。
・評価基準
バックアップ電力量と余剰電力量は小さいほどよくまた両者は相反する関係にあることから、バックップ電力量(BP)と余剰電力量(EX)と電力貯蔵損失量(BL)を加えた量をシステムの評価基準として検討した。この評価基準(I)はコストではないが、この値が小さければ性能評価がよいことになる。
I=(BP+EX+BL)/D×100(%)(Dは電力需要)
バッテリー容量=400GWhの場合に、太陽光発電と風力発電の割合を各種設定してシミュレーションを行ったところ、Iを最小にするのは、太陽光=50%、風力発電=20%付近であった。この評価法での太陽光と風力の最適な組合せといえる。
4.結論
全国各地の1時間ごとの気象データを用いて、太陽光と風力の発電量を計算し、水力、地熱、バイオマスなどほかの再生可能エネルギーを組み合わせて供給する方法により、将来の日本の1年間の電力供給シミュレーションを行った。その結果の分析により以下のような結論を得た。1) 再生可能なエネルギー源により、2050年ごろを想定した現状の60%程度の電力需要に供給することが可能である。このとき太陽光、風力、地熱、水力、バイオマスの各資源の供給量は、それぞれの専門分野で調査された供給容量の範囲内にある。
2) バッテリーは、バックアップ電力と余剰電力を減少させるのに有効である。しかし、バッテリー容量が大きくなるにつれてその効果は飽和してくる。既存の揚水発電を利用し、これに付加する適切なバッテリー容量は400GWh程度であり、電力貯蔵容量は目標年の年間平均電力の7時間相当になる。
3) バックアップ電力量+余剰電力量+電力貯蔵損失を評価基準として、これを最小にするには、バッテリー容量400GWhのとき、年間電力需要に対して太陽光発電を50%、風力発電を20%にすることが適当である。
4) バックアップ電源をさらに減少させるには、スマートメータやスマートグリッドなどによる需要の動的な抑制、気象予測の精度向上などの方法が有効である。しかし、そのほかの方法として、太陽光と風力の容量を更に大きくして、バックアップ電力をゼロに近づけることが考えられる。このとき余剰分は、時間に依存しない電力以外のエネルギー最終用途、たとえば電気自動車のバッテリーを充電し、また水素に転換して低コストの貯蔵方法を利用して高温工業プロセスなどの産業用に利用することが考えられる。
参考文献
1.日時別気象データ,(一財)気象業務支援センター
2.「平成21年度電力需給の概要」経済産業省
3.エネルギー経済統計要覧、省エネルギーセンター、日本エネルギー経済研究所、2010
4.東京電力HP http://www.tepco.co.jp
5.PVロードマップPV2030+、NEDO
6.H22再生可能エネルギーポテンシャル調査、環境省、2011
7.わが国における再生可能/分散型エネルギー導入戦略への提言、地球環境センター、国立環境研究所、2008
8.西岡秀三編著、日本低炭素社会のシナリオ、日刊工業新聞社、2008
9.太陽エネルギーハンドブック、日本太陽エネルギー学会、1985
10.風力発電導入ハンドブック、NEDO、2005
11.Wind Energy-The Facts, European Wind Energy Association, London, UK, 2009
12.槌屋、日本における再生可能エネルギーによる電力供給法、日本太陽エネルギー学会誌、Vol.37, No.6, 2011