情報化と省エネルギー
情報通信技術が広く利用され高度情報化社会への変化が始まっている。その例はインターネットの急速な拡大、電子メールの日常化、電子出版の増加、エレクトロニック・コマースの台頭、電子マネーの実験などに見ることができる。一方で21世紀に向けて地球温暖化問題などによりエネルギー・資源の効率的利用、二酸化炭素の排出削減が重要になっている。情報通信技術は輸送の代替や紙資源の節減など社会のエネルギー・資源効率を上げる可能性をもっている。本稿は情報化によってエネルギー・資源の利用効率を向上させる可能性と問題点を考察する。
情報化社会のエネルギー消費に関する研究
1)サテライトオフィスとTV会議システム郵政省の「環境貢献のあり方に関する研究」(平成5年3月)によると、サテライトオフィスとTV会議システムにより、在宅勤務が増加し、オフィスワークが変化して、21世紀初頭ころには輸送需要の減少があり、省エネルギーが可能と推定されている。最近はパソコンを利用した低コストのTV/電話会議システムが急激に普及しそうである。またすでに、何らかの形で在宅勤務またはテレワークをしている人口は、全国で95万人と推定されている。米国ではインターネットの普及によって航空機の交通需要が減少しているのではないかという声も聞かれる。
2)紙の電子化
電力中央研究所の報告「書籍・雑誌・新聞の流通と省エネ・省資源」(平成8年3月)によると、2010年には情報の電子化が進行し、書籍・雑誌・新聞の紙が電子化され省エネルギーが実現すると予測している。標準ケースでは30%が電子化され、促進ケースでは50%が電子化されるとしている。この内容は紙の材料と製造エネルギーが大半を占め、一部が輸送エネルギーである。標準ケースをとれば、CO2では約75万Cトンの排出削減になる。
3)OHPとコピー用紙 会議の説明や講演会で多人数に話すとき、OHP(オーバーヘッドプロジェクタ)を使うと、コピーした紙を配布しないですむ。これは省資源・省エネルギーと考えられている。どんな場合に、どの程度有効なのだろうか。このような計算を行なうのはLCA(ライフサイクル分析)の手法が利用できる。以下はその例である。
OHPの光源は1kWであり、1枚あたり5分間の説明をするとした。コピー用紙の説明の場合には、1人あたり約20Wの照明が必要とする。一般にOHPシートでは文字を大きくして見やすくするが、簡潔にまとめて、コピー用紙1枚分の情報を盛り込むとする。コピー機械は3,000枚/月の規模で計算すると、結果としては、5人以上の聴衆がいるときにはOHPを使用した方が省エネルギーとなる。コピー用紙は持ち帰って繰り返し見ることができるから、このような比較がいつも成立するとは限らないが、一応の目安にはなるであろう。分析の途中で気づいた注目点としては、コピー機械の待機時の電力消費は無視できない大きさであり、コピー時の20%近くある。これを減らすことが重要である。
4)ファクシミリと郵便
ファクシミリは郵便よりも省エネルギーと期待される。この問題は通信と輸送との代替関係の問題である。紙を使用しない電子メールはさらに効率が高いはずである。もちろんエネルギーの点から見ただけでは一面的であり、ファクシミリの迅速性や同報性は郵便では得られない利点である。まず電話のエネルギー消費を計算して見ると、電話機を取り上げたときその向こうに958Wの負荷がつながっていることがわかる。中型のファクシミリは40Wの消費電力で12秒でA4判1枚を送る。しかし、ファクシミリは待機中にも15W程度を消費している。この機械は1日中24時間待機しているから、これでエネルギー消費のほとんどがきまってしまう。1日に50件の送信・受信をするとして、これに電話の30秒に必要なエネルギー消費を加えれば、ファクシミリでA4用紙1枚を送るためのエネルギーがもとめられる。郵便物は年間223億件配送されている。光熱費や輸送委託費からいくつかの仮定をおいて計算すると郵便のエネルギー消費を推定することができる。
A4用紙1枚を送るのにファクシミリのエネルギー消費を計算した。ファクシミリの使用頻度によって結果がかわるが、1日に50件の送受信があれば、ファクシミリのほうが9倍有利である。1日に5件の送受信になるとファクシミリは郵便より1.7倍しか有利にならない。もちろん枚数の多い書類を送るのは郵便が有利になる。この他にも、ファクシミリでは封筒が不要になるが、相手先の用紙や感熱紙を消費することも計算に入れる必要があろう。注目すべき点として、ファクシミリの待機中のエネルギー消費を減少させればファクシミリはきわめて省エネルギーということになる。この推定を発展させて電子メールの場合の計算をするのは簡単ではない。電子メールの場合には、24時間動作している多数のメールサーバーをカウントしなければならず、ジャンクメールの増大もあり推定が難しい。
5)電子書籍と電子新聞
1度しか読まれない新聞、雑誌、書籍など紙による情報伝達が電子出版に置きかわれば、エネルギー・資源の点からみても望ましい。電話、電波などを利用して、編集されたテキストや画像の情報を伝送し、家庭や職場で、この情報を小型、ポータブルな電子表示機に表示してページをめくるように読むことができる。電子新聞または電子書籍である。情報は数メガバイトのメモリーに保持され、低消費電力・薄型の反射型液晶ディスプレイに表示する。
電子表示機としては、現在の技術で本体300g、反射型液晶で動作し、情報読み出し表示のエネルギー消費は2W程度にできる。これを3年間、一日1時間使用する。この期間に充電式のバッテリーを使い3回交換する。これにより電子表示機とバッテリーに投入されるエネルギーを、使用1時間あたりに配分することができる。通信によって情報を送るには、前述の電話を利用するものとし、1メガバイトを送るのに2分かかるとして電話で検討した数値を利用して比較計算を行なった。
電子表示機を利用して新聞や書籍を読む場合のエネルギー消費を比較する。新聞を読む時間はひとり平均20分であるが、3人で読み1日に1時間かかるとし、書籍を読む時間は1冊あたり8時間とした。金属、プラスチックなどの製品への投入エネルギーは1~3×10^4 kcal/kgである。電子表示機の製造に必要とされるエネルギーを30,000kcal/kgとして、これを5年間使用しバッテリーを3回交換すると、1日あたりは6.31kcalに相当する。電子新聞や電子書籍は紙を節約し、エネルギー効率を40~220倍に高める可能性がある。しかし、電子表示機には新聞のような一覧性がないことや、技術的にはバッテリーの環境に与える影響、液晶デイスプレイの目に与える影響などの問題があり、技術改善が必要である。
さらに電波を利用した放送型新聞の可能性がある。これはポケベル電波などを利用して、ポケットに入る小型の受信機でデジタル情報を受信し、画面に表示させて読む新聞である。これによる通信型に比較して放送型電子新聞では、利用者が一定規模をこえればエネルギー消費の減少はきわめて大きく、電話線を利用した有線型電子新聞よりも効率が高い。
情報化社会のエネルギー利用の問題点
電子技術による輸送や紙の代替は資源効率の点から望ましいが、電子機器の待機状態の問題や輸送の小口化という新しい問題を生じさせる。また電子メールの便利さはジャンクメールのように必要限度を超えた情報のやり取りが増大する可能性がある。1)待機電力
電子機器の待機状態での電力消費が増大している。すでに述べたようにコピー機械やファクシミリでは電力消費の中で待機電力の占める比重が大きい。とくに最近のLAN環境のサーバーは1年中電源がオンの状態であり、この改善が問題になると予想される。また家庭用のエアコンやオーデイオ機器にはリモコンが常備されるようになり、いつでもリモコンからの信号を待っており、メインスイッチが見当たらないものが増えている。平均的な家庭で消費される電力の15%が待機電力であり、その電気代は1年間で1万円を越える。この費用で待機電力をゼロか極めて微弱にする電気製品を製造することは無理なく可能であろう。
2)液晶デイスプレイ
CRTデイスプレイ(150W)のかわりに液晶デイスプレイ(15W以下)が利用されれば省エネルギーが可能であり、これはCO2で約62万トンに相当する。米国では、EPA(環境保護局)がパソコンの省エネに乗りだして、「エネルギー・スター・コンピュータ計画」を実施し、国際的に実施され、パソコンと周辺機器の消費電力は、使われていないときはそれぞれ30W以下に抑えなければならなくなっている。
3)アラジンの魔法のランプ
人間は、1年間に化石燃料約70億トンを燃やすのに酸素を150億トン消費して、二酸化炭素を220億トン排出する。食料を20億トン、森林を15億トン、セメントを12億トン、鉄鋼を10億トン消費する。人間は食料を吸収して呼吸により二酸化炭素をひとり1日に1kg吐き出す。ちょうど人間の呼吸から排出される二酸化炭素の10倍の二酸化炭素を化石燃料の燃焼により排出している。化石燃料の消費はわれわれの便利な生活を生み出しているから、人間ひとりには10人の奴隷がいることになる。これは世界平均であり、日本人は25人、米国人は55人の奴隷を持っていることになる。アラジンの魔法のランプをこすると「ご主人様お呼びですか」と言って奴隷が現れるように、ファクシミリ、コピー機械、エアコンなどの奴隷がいつも待機して人間が呼ぶのを待っているわけである。このような待機電力は極めて小さくすることができるはずであり、電気製品の設計の場合には是非考慮してもらいたい問題である。
4)小口貨物輸送
インターネットでショッピングができるようになってきたので、小口貨物の輸送が増大する可能性がある。小口輸送は一括バルク輸送よりもエネルギー消費が増大するが、人々がクルマで買い物にゆくために消費されるガソリンは節約される。全体として、輸送需要を増大させるのか減少させるのかは不明である。一般に製造工場から消費者までの直接的な輸送の方が流通機構を経由して輸送されるよりも輸送経路は短くなる。電子的な注文に答えて、小口の貨物にして輸送する場合に効率が高い場合もあるようである。この点についてはさらに分析が必要である。
おわりに
情報化の可能性と問題点について省エネルギーの点から比較検討してみた。主として期待されるのは、電子化による輸送と交通の減少、紙の消費の減少であるが、逆に待機電力や小口貨物輸送のような問題がでてきている。ここに示した計算はひとつの例に過ぎないが、情報化社会では、輸送や紙の消費を減少させ省エネルギーになる要素が多くあり、ここに検討した内容だけで、2010年にCO2排出量を100~300万トン程度減少させる可能性がある。そして情報通信機器のエネルギー消費を減少させるデバイスの開発が進めばさらに省エネルギーが進展する。
参考文献
1.財務情報(第1期~7期)、日本電信電話株式会社
2.主要統計資料集、日本電信電話株式会社
3.家庭生活のライフサイクルエネルギー、平成6年8月、社団法人 資源協会編
4.槌屋、身のまわりの資源・エネルギー分析、Vol.45、NO.5、省エネルギー
5.槌屋、情報化と省エネルギー、電気学会誌、1998年4月号